『検察側の罪人』 ありあまる富と正義

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原田監督の映画はあまり見た記憶がないので、真っ先にあまりにもノイズが多い作品だなということを思った。ただ、雑多で意味がない演出というよりも、監督の目にはいまの日本はこれほど珍妙で不釣り合いで、混沌に満ちているように見えるのではないかと信じてしまいそうになるほどの妙に迫真性があり、最上が見たこともない高級料理を食べていても、ヤクザが改憲論議をしてても、それがいまの日本をスクリーンに保存しておきたいという、映画監督の特権を使用したという趣もあって、意外とすんなり受け入れられてしまった。逆に、検察の話なのに伊藤詩織さんの話題が出てこないという方がおかしいとすら思えてくるのだが、それはちょっと映画に寄りすぎなのかもしれない。とはいえ木村拓哉の「引くな引くな」が本当に馬鹿みたいに格好よくて、ノイズだろうがこれはあって欲しいものだと思ったのも確かなのだ。

最上の性格は松倉の部屋を捜査した時の表情に現れていて、それは貧困というより汚辱に対する無理解であり、その顔のしかめ方が松倉への嫌悪感よりも、「なぜこんな生活を」といった風のように見えて、「ああこの人はやっぱり体制側の人なんだな」とスクリーンを見ながら私はこのあたりで確信したのであった。戦争反対という現政権批判のスタンスによりながら、私憤に身を焦がす行為にどちらにも最上が「正義」を見出しうるのも、彼のある種この鈍感な性質によって立つところなのだと思う。お金も、正義も、多いに越したことはないというワケだ。とすれば、沖野は最上にとって対抗する正義ではなく、彼自身のかつての正義の声を届ける役であったのかも知れない。そういった意味で木村拓哉二宮和也も良かったが、そもそも佇まいとして二人はどこか影を抱えているように思えるし、どちらかというと俳優配置としての妙でもあったと思う。その点で言ったらメフィストフェレス的な松重豊が素晴らしいのは言うまでもないことだが。ただ、私がMVPだと思っているのは映画を決めた二宮の「忘れるわけないだろ……」であり、本編の文脈上主語が誰であったか判明した瞬間に、ああこれは良い青春映画であったのかという感慨にあふれ、映画が始まる前には持ってすらいなかったものの、奇妙な喪失感を強く覚えたのだった。